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神戸地方裁判所明石支部 昭和49年(ワ)64号 判決

原告 鈴木淳

右訴訟代理人弁護士 西村忠行

同 小沢秀造

右訴訟復代理人弁護士 藤本哲也

被告 兵庫県土地開発公社

右代表者理事 佐藤國臣

右訴訟代理人弁護士 春木利文

主文

被告は、原告に対し、金二八六万円及びこれに対する昭和五二年六月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金三七三万円及び内金三三九万五、〇〇〇円に対する昭和五二年六月一三日から、内金三三万五、〇〇〇円に対するこの判決言渡の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四一年八月三〇日、被告からその造成にかかる明石市大久保町山手台二丁目一五〇番地宅地三四八・八〇平方メートル(以下「本件土地」という。)を買受けた。

そして、原告は、昭和四四年二月、本件土地の北側部分に木造及びコンクリートブロック造瓦亜鉛メッキ鋼板交葺陸屋根平家建居宅九一・二七平方メートルを建築して居住し、昭和四六年二月ころ、西隣りの訴外川上と共同して本件土地の南側の法面の勾配をさげて同地を庭園などに利用すべく被告施工の既設のブロック積擁壁と法面に新しくコンクリート擁壁を二段設けて整地を行い、庭園、菜園として利用していた。

2  本件土地の南面には、右のとおり被告が設計施工した擁壁があったが、右擁壁は、訴外富平、同西川、同大石、同川上、同黒崎の各所有地の南面擁壁と一体をなして連続しており、近隣の敷地、建物及び擁壁の配置は別紙図面(一)記載のとおりであった。

3  昭和四五年ころ、訴外富平方の敷地南面の擁壁に亀裂があって危険が感じられていたところ、昭和四七年七月一三日午前三時四〇分ころの降雨中、原告の西側に位置する訴外大石、同西川方敷地の南面擁壁(高さ三・三メートル)が幅約三〇メートルにわたって突然崩壊し、法面の土砂が同擁壁下の訴外岡本方に崩れ落ちて同人方納屋が倒壊する崩壊事故(以下「本件崩壊事故」という)が発生した。

4  本件崩壊事故の原因は、被告の宅地造成に伴う擁壁工事の設計上及び施工上の欠陥に起因するものである。

すなわち、崩壊した擁壁部分は、同地西北方向の高地より流れる伏流水の流路をなしており、崩壊前から同地点の擁壁下部からは地下水が湧き出ていたもので、真夏でも湧水があり、崩壊後は同地点には数か所から地下水が流出しているところがあった。そして、右擁壁の崩壊地点は、擁壁の構造が屈曲しており、その屈曲点が水圧、土圧の力の集中をもたらすため弱点となっていた。また、擁壁工事はきわめてずさんで擁壁の水抜穴は殆んど機能しておらず崩壊前の昭和四五年ころから各所に縦横に亀裂やはらみができており、擁壁のコンクリート及びブロック積は不良粗悪で裏込コンクリートの厚さは不ぞろいでおうとつが甚しく、ブロック間の接着も不完全であった。さらに、崩壊した擁壁には基礎コンクリートが打たれておらず、擁壁の下部から約一メートル奥部には三段または四段のミスブロックが積まれて放置されているなどの欠陥が存在した。以上の事実から、右擁壁の崩壊は、その設計と工事に欠陥があったため伏流水の流路に当る最も弱い屈曲点に地下水の上昇による水圧、土圧がかかって亀裂部分が拡大して生じたもので、擁壁工事の欠陥(瑕疵)に起因するものである。

5  右崩壊擁壁と連続していた原告所有の本件土地の南面擁壁も、右崩壊擁壁とその構造、工事内容を同じくし、昭和四七年ころから亀裂やはらみが生じていたものである。原告は、昭和四九年四月、神戸大学助教授軽部大蔵(土木工学)に本件土地の擁壁部分の見分を依頼したが、その結果、本件ブロック積工事施工は非常に悪く、崩壊の危険性が高く重大な隠れた瑕疵のあることが判明した。

すなわち、(一)ブロック積がきわめて粗悪でブロック積の張り出し、ねじれ、ゆがみがあること、(二)ブロックの裏込コンクリートが不ぞろいでおうとつが甚しく、接着が不完全であること、(三)コンクリートも骨材に粘土質が混入して強度不足の状態にあること、(四)水抜穴が機能していないこと、(五)擁壁面に亀裂とはらみがあること、(六)擁壁の基礎部分が殆んど欠落していること、(七)擁壁底部の約一メートル奥部に三段積のミスブロック積があってそれと擁壁との間で貯水場所を形成していたこと、(八)伏流水の流路に当っていることなどからみて、本件土地の南面擁壁の欠陥(瑕疵)は明らかである。なお、兵庫県神戸土木事務所は、昭和四八年四月二〇日付で、本件土地の南面擁壁と隣接する訴外黒崎平太郎方宅地南面擁壁について、右訴外人に対し、擁壁の倒壊等の危険があるから至急防止措置を講ずるよう勧告しているが、これも右擁壁工事に欠陥(瑕疵)があるからに外ならない。

6  本件崩壊事故後、被告は、訴外西川、大石、川上の各敷地南面擁壁は改築したが、原告と訴外黒崎所有地の南面擁壁は放置したままで、前記欠陥(瑕疵)の改修工事を行わなかったため、原告は、災害を事前に防止する必要上、やむなく昭和五二年四月五日、本件土地南面擁壁の改修工事を行い、土木建築請負業者に昭和五二年四月一六日金一〇〇万円、同年五月三〇日金五〇万円、同年六月一三日金五六万円の合計金二〇六万円を支払い、右同額の損害を被った。

7  本件崩壊事故当日の昭和四七年七月一三日、原告ら山手台二丁目自治会は、全員が早急な崩壊箇所の復旧と危険擁壁の改築を要求して被告側(職員)と再三にわたって交渉を行ったが、被告側は、右崩壊原因について科学的な調査もしないまま単なる憶測に基づいて災害直後の交渉の場で「この災害は鈴木(原告)、川上の上積擁壁が原因だ。」と断定し、原告らが、崩壊箇所の擁壁工事がきわめて粗悪で構造上欠陥があり、また崩壊地点に地下水の流出点がありそれらが原因となって崩壊した旨具体的事実をあげて反論してもそれを一顧だにしなかった。その後、被告側は、「復旧工事はやるが、鈴木(原告)、川上が岡本に損害金一〇〇万円を出さなければ復旧工事は中止する。」と脅した。原告らは、被告側のこれらの態度に憤慨したものの原告らのために被告が復旧工事をしないことになれば地元に迷惑を及ぼすことになるのをおそれ、やむなく、原告及び訴外川上は、訴外岡本に対し、各金五〇万円を支払った。

被告側のこれらの言動は、前記4、5のとおり、右擁壁の崩壊原因が被告の工事設計上及び施工上の瑕疵に起因するものであるのにかかわらず、何ら科学的調査も行わないまま予断と推測で、多衆の前で、右擁壁崩壊の原因が前記1の原告らの増設擁壁等の工作物の設置によるものであると断定して原告らにその責任を転嫁したものであって、原告らに対する不法行為を構成するところ、これらの言動は被告職員がその職務を執行するについてなしたものであるから、被告は民法七一五条による責任を免れない。そして、原告は、被告側の右言動により、長期にわたって精神的苦痛を強いられ、責任もないのに訴外岡本に対し金五〇万円の支払を余儀なくされたもので、これら原告の精神上の苦痛を金銭をもって慰謝するには金一〇〇万円を下らない。

8  原告は、以上のような経過のもとに本件訴えの提起を余儀なくされ、日本弁護士連合会報酬基準に基づいて、弁護士である訴訟代理人に、着手金としてすでに金三三万五、〇〇〇円を支払い、かつ報酬金として、さらに金三三万五、〇〇〇円の支払を約している。

9  よって、原告は、被告に対し、前記6の擁壁に隠れた瑕疵があったことに基づく損害賠償金二〇六万円と、同7の慰謝料金一〇〇万円と、同8の弁護士費用の合計金三七三万円及び内金三三九万五、〇〇〇円(右合計金から弁護士費用中の未払分金三三万五、〇〇〇円を控除したもの)に対する右各損害発生後の昭和五二年六月一三日から、内金三三万五、〇〇〇円(弁護士費用中の未払分)に対するこの判決言渡の翌日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁及び主張

1  答弁

(一) 請求原因1及び2記載の事実は認める。

(二) 同3記載の事実のうち、原告主張の日にその主張の崩壊事故が発生した事実は認めるが、その余は不知。

(三) 同4記載の事実は否認する。

本件崩壊事故の原因は、原告主張のように、被告の擁壁工事に設計上或いは施工上の瑕疵があったことによるものではなく、原告らが、請求原因1記載の新たなコンクリート擁壁等の工作物を設置するなどしたことによるものである。

(1) 被告が本件土地とその東隣りの一筆の土地及び西隣りの数筆の土地を原告外数名に売却引渡した当時の右各筆の土地及びその工作物(擁壁)の態様状態は別紙図面(二)中青斜線部分により示されたとおりであるが、原告は、前記のとおり、昭和四六年二月西隣りの土地所有者川上と共同して、引渡当時の土地及び擁壁の状態に変更を加え、既存の擁壁(地上直高三・三メートル)の上部に直高一・五メートルのコンクリート擁壁及び階段を、既存の法斜面に張られた格子枠部分の上部にも直高約一メートルのコンクリートブロックの擁壁を設置し、右二箇の新設擁壁と既存の法斜面との空間に土盛をなし(別紙図面(三)の赤色部分参照)、被告が原告に引渡した当時の土地等の態様を一変させた。

(2) もともと被告は、本件土地を含む隣接地を造成するに際し、特に土圧、雨水圧等の外力を考慮して地中に基礎コンクリートを打ちこれに密接して約六三度の勾配をもつコンクリート擁壁(基礎部分からの直高三・七二メートル、栗石部分の幅〇・四メートル、裏込コンクリート部分幅〇・一五メートル、胴込コンクリート幅〇・三五メートル、壁面は建設大臣の認定を受けた三段ブロックを採用し、二平方メートル当り一個の割合の水抜穴を設置)、三三・四度の勾配の法斜面部分には格子枠を張り芝を設け造成完了とともに兵庫県の現場審査を受け、昭和四一年五月右宅地造成につき検査合格したものである。

(3) 然るところ、前記のとおり、原告及び訴外川上は、建築基準法八八条、同法施行令一三八条に違反して知事の確認も受けず、また、南接地所有者等が災害発生をおそれて原告に対し擁壁新設中止を申入れたにもかかわらず、既存擁壁の上にさらに右二箇の擁壁を設置し、土羽法面上に盛土工事を施工したためこれらの外圧に加え排水処理に支障をきたし背後土砂の安定性を欠くようになったので、原告は自ら築造した直高一・五メートルの擁壁を支える形でその前部に三箇目のコンクリート擁壁(直高〇・八メートル)をも築造するに至った。

かくして、本件土地及びこれに東西に接する造成地につき被告が売却した当時の擁壁並びにその法面が均一であったものが原告の右工作物設置により不均一となってしまった。その結果、原告方旧法面中央部に設置されたブロック擁壁側の盛土が不充分な転圧により地盤沈下を起し、既設法肩付近に幅一メートルの亀裂が右災害以前に訴外川上方方向に向って帯状に生じ流水路となっていたうえ、連続降雨により多量の雨水が原告の新設した擁壁等に遮断され盛土部分が浸透水により飽和状態となり、余剰の雨水が表流水となって訴外川上、大石方法面に向って流出し、右川上が新設した擁壁によって右両者の境界付近に弱点を生じ、そこへ前記浸透水、表流水が集中し、その水圧並びに背後土砂の流出により擁壁崩壊の結果を招いたものである。

(4) 被告の築造した擁壁は、建設大臣認可基準に適合したものであり、築造当時の状態で維持管理されていた期間すなわち右造成地完成の昭和四一年五月から、原告及び訴外川上が昭和四六年二月前記工作物を新たに設置して変更を加えるまでの間約六年間に右災害発生当時の現地降雨量を凌ぐ多量の降雨量を記録する日々があったにもかかわらず、その安全性を保持していたものであるから、原告が築造当時の状態でこれを維持管理しておれば前記崩壊事故は生じなかった。

(四) 同5記載の事実中、本件土地の南面擁壁のブロックのメジ部分に亀裂の生じたことは認めるが、その余は否認する。

右(三)記載のとおり、被告のなした擁壁工事には何らの欠陥(瑕疵)もなかったものである。

なお、本件土地の南面ブロックとブロックの間のメジ部分の亀裂は右部分のコンクリートの性質上温度収縮によるものであって、擁壁の性能を何ら損うものではなく危険もないから、何ら改築の必要がなく瑕疵とはいえない。

また、被告施工の擁壁には「はらみ」は存しないが、仮に右現象に近いものがあってかつ改築の必要があるとしても、その原因は原告及び訴外川上の施工した前記工作物の設置や盛土による土圧、水圧等の外力によるものである。

(五) 同6記載の事実中、原告が本件土地の南面擁壁の改修工事を行い金二〇六万円を支出した事実は不知、その余は争う。

(六) 同7記載の事実中、右崩壊事故後地元自治会と被告職員とが会合をもったこと及びその際、被告側が、右崩壊原因は原告の工作物等の設置による旨説明したことは認める。被告において、原告及び訴外川上が訴外岡本に対し、損害金一〇〇万円を出さなければ復旧工事を中止する旨述べた事実はない。その余の事実は不知。

なお、被告側が、原告の前記工作物等の設置が崩壊の原因である旨述べたのは、被告の技術職員が多年の専門的技術経験から右崩壊原因が原告及び訴外川上の前記増積と土盛が原因であると考える旨説明したのであって、右説明は土木工学的知識と多年の技術経験をその根拠とするもので、単なる予断と推測に基づくものではない。

2  主張

(一) 仮に、原告主張のように、被告が設計、施工した擁壁に瑕疵があったとしても、原告主張の損害は、原告及び訴外川上が、前記のとおり被告の施工した擁壁及び法面に新たな工作物を設けたり盛土工事をしたりした過失にも一因があるから、損害額の算定にあたっては、原告の右過失が斟酌されなければならない。

(二) 本件崩壊事故後の地元自治会と被告との会合の席上、原告は、何ら土木工学的知識や経験もないのにかかわらず、右会合の冒頭(被告側の説明前)に一方的に何の根拠もなく、右崩壊事故の原因がもっぱら被告側にあり、被告の責任であると公言して憚らなかった。

原告の右行為は、故意または過失により違法に被告の名誉と信用を著しく侵害したものであり、右侵害による被告の損害は、これを金銭に評価すると少くとも金三〇〇万円を下らない。

被告は、前記のとおり、本件事故原因はもっぱら原告にあると考えるものであるが、万一仮に些かでも被告にあるとすれば、本訴において右の金三〇〇万円の損害賠償請求権をもって、その対当額において原告の請求額と相殺する。

(三) また、原告は、自ら右(二)記載のような行為をあえてしながら、被告に対し慰謝料請求をするのは、仮に請求権があるものと仮定しても権利の濫用として許されない。

三  被告の主張(前記二の2(一)ないし(三))に対する原告の答弁

被告の右主張はいずれも争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  擁壁の瑕疵による損害賠償請求について

1  原告が、昭和四一年八月三〇日、被告からその造成にかかる本件土地を買受けて、同四四年二月その北側部分に建物を建てたこと、本件土地の南面には、被告が設計、施工したブロック積擁壁が構築されていたが、右擁壁は、訴外富平、同西川、同大石、同川上及び同黒崎の各所有地の南面擁壁と一体をなして連続していたこと、原告が、昭和四六年二月ころ、西隣りの訴外川上と共同して、既設の右擁壁と法面に新しくコンクリート擁壁を二段設けて法面の整地をしたこと、昭和四七年七月一三日午前三時四〇分ころの降雨中、本件土地の西方に位置する前記大石、西川方敷地の南面擁壁(高さ三・三メートル)が幅約三〇メートルにわたって崩壊する本件崩壊事故が発生したことは当事者間に争いがない。

2  原告は、本件土地の南面擁壁には隠れた瑕疵があった旨主張するので以下検討する。

(一)  右1の事実に、《証拠省略》を総合すれば、

(1) 本件土地の南面擁壁は、前記のとおり訴外富平、同西川、同大石、同川上及び同黒崎の各所有地の南面擁壁と一体をなし、右各敷地、建物及び擁壁の位置関係は別紙図面(二)記載のとおり(青斜線部分が擁壁部分)であり、右擁壁及び格子枠の構造等はおおむね同図面(三)記載の青色部分のとおり(基礎コンクリート部分からの直高三・七二メートル、栗石部分の幅〇・四メートル、裏込コンクリート部分幅〇・一五メートル、胴込コンクリート部分幅〇・三五メートル、勾配六三度、壁面は三段ブロックを採用し、二平方メートル当り一個の水抜穴を設置)であったが、右擁壁には前記崩壊事故前である昭和四五年ころから、壁面のところどころに縦割れ、横割れの亀裂が生じ、訴外富平方では昭和四五年春ころ法面の地上げ工事をしようとしたが、擁壁のブロックに大きな割れ目があり、また、はらみもあったのでこれをとりやめたことがあり、本件土地及び東隣りの黒崎方敷地、西隣りの川上方敷地の擁壁部分でも昭和四五年ころから同四七年ころにかけて各所に亀裂が生じていたこと

(2) 右擁壁には、前記のとおり、排水孔として水抜穴が設けられていたが、前記崩壊地点の直下(南側)に居住していた訴外岡本は、降雨時及びその直後においても右水抜穴から排水されているのをみたことがなく、本件土地及び前記黒崎、川上方の擁壁部分の水抜穴についてもほぼ同様で、近隣居住者らも右水抜穴からの排水を殆んどみたことがなかったところからみて、右水抜穴が排水孔としての機能を十分果していなかったこと、他方、降雨時及びその直後には、崩壊地点やその東側の大仲方北側の数か所において、右擁壁直下の基底部の測溝の割れ目などからかなりの水が噴出し、また、平常時においても湧水があったこと

(3) 右擁壁は、崩壊部分の状況及び原告方における後記改修時における状況等からみて、ブロックの裏込コンクリートの厚さが不揃いで、おうとつが認められ、ブロック間の接着及び擁壁の基礎部分も必ずしも十分でなく、これらが擁壁じたいの強度に影響を及ぼしていたことが窺われるのみならず、崩壊部分及び原告方擁壁の約一メートル北側部分には、誤って施工してそのまま放置されたと認められる三ないし四段位のブロック積が残存しており、概して、工事じたいが全体的に粗雑であったこと

(4) 本件土地の東隣りの訴外黒崎方の南面擁壁については、昭和四八年四月二〇日付で兵庫県神戸土木事務所から、現地調査の結果、右擁壁に崩壊等の危険があるとして、防止措置をとるよう勧告がなされており、右の危険性は他の残存擁壁の部分についても同じであること

などの事実が認められ、《証拠省略》中右認定に反する部分は前記各証拠に照して採用できず、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  本件崩壊事故の原因について

(1) 前記1の事実に、《証拠省略》を総合すれば、本件崩壊事故は、前記昭和四七年七月一三日午前三時四〇分ころ、数日来降り続いた降雨中に発生していることが認められ、その事故態様からみて、降雨により、地中の土圧及び水圧が増大し、これが右擁壁部分の耐久力を超えたために発生したものと推認される。

そして、神戸海洋気象台の観測結果によれば、前記崩壊事故前日の同年同月一二日には、明石地方に八一ミリの雨量があり、また、それに先だつ同月四日から一一日までの間に計九〇ミリ位の降雨のあったことが認められる。しかし、同じく右の観測結果によれば、昭和四〇年から同四九年までの間において、同地方の一日の降雨量が事故前日の八一ミリを超えた日は一〇数回に及んでいることが認められるから、前記崩壊事故の前日及びその前の降雨量が、一般に同地方において予想しうる降雨量をはるかに越えた異常なものであったということはできない。

これらの点から考えると、他に特別の崩壊原因が考えられる場合は格別、そうでないかぎり、前記七月四日から同一二日までの降雨による土圧、水圧の上昇等により崩壊した前記擁壁には、右擁壁じたいに設計上若しくは施工上何らかの欠陥があったものと考えるのが経験則に合致する。

(2) ところで、被告は、右崩壊事故は、前記請求原因に対する被告の答弁1の(三)記載のとおり、原告らが、被告の引渡した造成宅地の擁壁及び法面に新たな擁壁その他の工作物等を設置したことにその原因がある旨主張し、前記1の事実に、《証拠省略》を総合すれば、原告及び訴外川上が、昭和四六年二月ころ、被告から引渡を受けた造成宅地の既存の擁壁の上部に直高約一・五メートルのコンクリート擁壁を設けるとともに、既存の法斜面に張られた格子枠部分の上方(北側部分)にも直高約一メートルのコンクリート・ブロック擁壁を設置し、これら二つの新設擁壁と法斜面の空間部分に盛土をし、さらに、その後、右のコンクリート擁壁を支える形でその前面に直高約〇・八メートルの第三の擁壁を設置し、これらの構造及び位置関係等はおおむね別紙図面(三)の赤色部分のとおりであることが認められ、原告らの右工事により、従来被告の引渡した当時における擁壁及び法面の状態が訴外西川、大石、黒崎らと均一であったものが、不均一となったことが認められる。

そして、一般的には、右のように既存の擁壁に増積み工事をしたり、法面に新たな盛土をすることは、擁壁にかかる土圧、水圧等を増加させる原因となることは否定できない。

しかし、前記崩壊事故は、右の工事等が行われた原告及び川上方の南面擁壁部分で発生したものではなく、その西側に位置する訴外大石、西川方で発生しているところ、被告は、その原因について、原告らの前記工作物の設置及び既存法面の変更等により原告及び川上方に降った雨水の表流水及び浸透水がいずれも大石、西川方敷地の南面擁壁の背後に集り、これが崩壊事故発生の主たる原因をなした旨主張し、《証拠省略》中には、一部これにそうか若しくはこれにそうかのような供述部分があるけれども、右の供述部分は、《証拠省略》と対比して考察するとにわかに採用できず、他に被告の右主張を裏付ける資料はない。

(なお、《証拠省略》によれば、被告が擁壁を築造した昭和四一年以降、原告らが、右擁壁及び法面に変更を加えた同四六年二月ころまでの間に、前記崩壊事故前日の降雨量を超える降雨のあった日が三回あったことが認められ、その際、前記のような崩壊事故が発生していないことが明らかであるが、このことから直ちに、被告施工の擁壁には欠陥がなかったということもできない。)

(3) 以上の諸点及び前記2の(一)認定の事実に、《証拠省略》を総合して判断すると、本件崩壊事故は、原告らの前記工作物の設置等により発生したものではなく、被告が築造した擁壁に少なくとも施工上の欠陥があった(地下水位の上昇時に、土圧、水圧等が擁壁にかかりすぎないように設けられた前記水抜穴がその機能を発揮しないなど擁壁じたいに欠陥があった)ことにより発生したものと認めるのが相当である。

(三)  そして、以上(一)、(二)の認定事実をあわせ考えると、原告所有の本件土地の南面擁壁についても、本件崩壊部分の擁壁と同様、少なくとも施工上の欠陥があったものと認められ、かつ、右の欠陥は、本件土地の売買契約がなされた当時において、一般に買主である原告に期待される取引上の注意をもってしてはこれを発見することはできなかったものと認めるのが相当であるから、右の欠陥は、民法五七〇条にいう隠れた瑕疵にあたるものというべきである。

3  《証拠省略》によれば、本件崩壊事故後、残存部分の擁壁をそのまま放置しておくことは危険な状態であったので、訴外西川、大石、川上方の擁壁部分については被告において、改修工事をしたが、原告方擁壁部分については被告においてその改修工事をしなかったため、原告は、昭和五二年四月災害防止の必要上自らの費用で被告築造の右擁壁部分の改修工事をなし、その工事代金として金二〇六万円を支払ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがって、右の金二〇六万円は、本件土地の擁壁部分の瑕疵にもとづく損害であると認められる。

4  被告の過失相殺の主張(事実欄二の2の(一))については、既に判示したところから明らかなとおり、右損害の発生につき原告に過失のあったことを認めることができないから、右主張は理由がない。また、相殺の主張(同二の2の(二))については後記(二の2の(三))認定のとおり自働債権の存在を認めることができないから、右主張も失当である。

5  してみると、被告は、原告に対し、本件土地の南面擁壁の瑕疵に基づく損害賠償として、金二〇六万円の支払義務があるものというべきである。

二  不法行為に基づく損害賠償請求について

1  慰謝料請求について

(一)  《証拠省略》によれば、

(1) 本件崩壊事故当日の昭和四七年七月一三日の午後、地元自治会の申入れにより、公民館で、原告、訴外川上らを含む町内代表者と、被告の技術次長北井武らとの間で、災害復旧のしかたや被災者に対する救済についての話合いがなされたこと

(2) 右話合いに先立ち、右北井らは、事故現場付近の状況を視察、踏査したが、それ以上詳細な調査をすることなく、右崩壊事故の原因は、原告らの前記工作物の設置等により、原告ら方に降った雨水が表流水、浸透水として訴外大石方方向へ流れたことによるものと判断したこと

(3) そして、前記会合の席上、原告が右崩壊事故の原因は被告の擁壁工事の欠陥にある旨指摘したのに対し、右北井は、前記町内の代表者らの面前で、右事故原因は、原告らの前記工作物の設置等にある旨断定的に述べたこと

(4) その後、県会議員や自治会長らが仲に入って話合いが進められたが、被告側(被告の担当職員)は一貫して、右事故の法律上の責任は被告にはないとしたうえ、道義上復旧工事は被告においてこれを行う旨述べるとともに、右の仲介者らを通じて原告及び川上に対し、事故原因は原告らにあるから、被災者岡本に対する見舞金として、原告及び川上が各金五〇万円を出さなければ右復旧工事は中止するとの態度を示したこと

(5) 原告は、もともと、右事故は自己の責任ではないと考え、場合によっては訴訟によってもその原因を明らかにしたいと考えていたものの、被告側の右態度からみて、右の見舞金の支払をしなければ復旧工事が中止されて近隣被災者らに多大の迷惑をかけることをおそれ、そのためやむなく右金五〇万円を支出したこと

(6) そして、原告は、右北井や被告側のこれら一連の言動により、近隣住民の間で窮地に立たされ、その名誉を少なからず傷つけられ、精神的な苦痛を被ったこと

がそれぞれ認められ、《証拠省略》中右認定に反する部分は前記各証拠に照らして採用できず、他に同認定を動かすに足りる証拠はない。

(二)  以上認定の事実に、すでに判示したとおり、前記崩壊事故の原因が被告築造の擁壁に施工上の瑕疵があったことによるものであることをあわせ考えると、当時、被告の技術次長としての立場にあり、土木建築関係の専門的知識を有していた前記北井としては、事故原因を云々するについてはより慎重な調査等をすませたうえでこれを行うべきであったと考えられるのに、前認定のとおり、事故直後の現地を踏査しただけで直ちにその原因が原告らの前記工作物の設置等にあるものと速断して、これを原告の居住する町内の代表者らの面前で公言し、さらに、被告側において、前記のとおり、原告らが被災者岡本に対する見舞金を出さなければ、被告において復旧工事に応じないような態度を示して原告をして前記見舞金の支出を余儀なくさせるなどして、近隣住民に対し、前記崩壊事故の原因が原告らにあることを印象づけたことは、いずれも右事故原因についての判断を誤った結果、過失により原告の名誉を傷つけたものとして違法性を有するものと判断される。

そして、前認定の事実によれば、右北井ら被告職員の前記言動は、いずれもその職務を執行するにつきなされたものと認められるから、被告は、民法七一五条により、その責任を免れないものというべきである。

そこで、原告主張の慰謝料額について検討するのに、前認定の事実を総合勘案すると、原告が被告側の前記一連の言動により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては金六〇万円をもって相当と認める。

(三)  被告の相殺(事実欄二の2の(二))及び権利濫用(同二の2の(三))の主張について

前記二の1の(一)の(3)の認定事実によれば、原告が、前記公民館における被告側との話合いの席上本件崩壊事故の原因が被告の擁壁工事の欠陥にある旨述べたことが認められるけれども、既に判示したとおり、右の指摘は事実に合致していたものであること及び原告が土木関係については何らの知識をもたない一私人であったこと(《証拠省略》により認めうる。)などから考えると、原告の右発言をもって、被告の名誉、信用を違法に侵害したものと認めることはできない。したがって、被告の相殺の抗弁については、その主張の自働債権の存在を認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく右主張は理由がない。

また、原告の前記慰謝料請求が権利の濫用となる理由はないから、被告の右主張も理由がない。

2  弁護士費用の請求について

《証拠省略》によれば、原告は、被告がその責任を認めなかったため、弁護士に委任して本件訴えを提起することを余儀なくされ、弁護士に対し日本弁護士連合会の報酬基準に基づき弁護士費用を支払うこととなっていること(うち金三三万五、〇〇〇円は支払済)が認められるところ、右慰謝料の認容額、本件訴訟の難易その他諸般の事情を総合して考えると、被告側の前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の損害額は金二〇万円をもって相当と認める。

三  まとめ

以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は、前記擁壁の瑕疵による損害賠償金二〇六万円、慰謝料金六〇万円及び弁護士費用金二〇万円の合計金二八六万円とこれに対する右各損害の履行期後である昭和五二年六月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

よって、原告の請求を右の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川端敬治)

〈以下省略〉

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